日本ではスキージャンプはメディアでの報道もあまり盛んでなく、決して人気の高いスポーツとは呼べないかもしれない。しかし、今回のソチオリンピックにおいて、41歳の最年長ジャンパー葛西紀明氏が見事銀メダルを獲得し、また、葛西氏の壮絶な半生がメディアにより連日報道され、葛西氏に興味を持たれた方は多いかと思う。この本は400頁以上に渡り、葛西氏の少年時代から始まり、ジャンプ人生と共にあった数多くの苦労、戦歴などについての非常に詳細な情報を、手を抜くことなく提供してくれており、読み応えがあった。
葛西氏は少年期から卓越した身体能力を誇ると同時に、非常に負けず嫌いかつストイックな性格であり、球技、マラソンを始め様々な競技に対する才覚を示す天才少年だったそうである。スキージャンプにおいてもそれは同様で、なかでも札幌の大倉山で行われた宮様スキー大会において、中学生の葛西氏が大会事前のテストジャンプで出した記録が、大会本番では出場者の誰をも上回り、「陰の優勝者」と呼ばれたエピソードは有名らしい。しかし、その後の葛西氏のジャンプ人生は苦難や不運の連続であり、誰よりも努力し、才能もあるにも関わらず、報われないことが多かったエピソードが数多く紹介される。本書から、スキージャンプは空中に飛び出す際の動作や飛行中の体制、風向きなどで記録が簡単に数十メートル前後する非常に繊細な競技であることや、そのため実力者でも長い飛行距離を安定して記録することの困難さを知った。(本書は葛西氏以外にも各大会毎の上位外国人選手たちの記録も徹底的に記載してあり、彼らの記録のブレもまた大きいことがわかる。)また、スキージャンプは大会毎に使用用具の規定変更も多く、それに対応する力も「強い選手」には要求される。このような繊細な競技で長年世界の第一線で活躍する葛西氏は、ヨーロッパでは絶大な人気を誇り、選手たちからもいかに尊敬されているか、ということも本書から伺い知れる。
なお、本書は実はソチオリンピックで葛西氏が銀メダルを獲得する前に書き上げられた本らしく、葛西氏が2014年1月11日に、
オーストリアのバートミッテルンドルフのW杯で41歳7ヶ月での史上最年長優勝、という伝説的偉業を成し遂げた事実をもって締めくくられている。(つまりソチで銀メダルを獲得した事実は記載されていない。)このW杯優勝はスキージャンプ界における尋常ではない神話となっているらしい。というのも、この大会では外国人の強豪選手たちも十分に記録を伸ばしてきた中で、葛西氏は飛行距離も飛型も自他共に「完璧」と認める形でそれらを上回り、「完全優勝」を果たしたからである。日本ではソチでの銀メダル獲得という事実の方が遥かに大々的に報じられ、あまりこちらの快挙が強調されていないように思えるが、本書や本人のブログで是非、この偉業の喜びを共有してみてはどうだろうか。
ソチ五輪で活躍した日本ジャンプ選手のフィクションだけでなく、コーチ、
スタッフのこと、日本ジャンプ栄光の軌跡を詳しく解説された一冊。
また海外選手の紹介もあり、ルール、用語まで、詰まっている。
最後まで読み切ると、オリンピック期間だけジャンプを観て、にわか評価家になってしまうことはない。選手の技術面、メンタル面の苦労を知り、そして、ジャンプの歴史=ルールの変遷も興味を持って知ることができた。