「社会システムによる個人の疎外」というテーマを扱った映画は古今東西数多くみられるが、本作ほど優雅に美しく、その哀しみを描いたものを私は知らない。テリーギリアムの独特で強迫的な美意識は、歪んだユーモアを随所に散りばめ、観る者を、いわば「愉快な絶望」に誘ってくれる。映画公開時に同行した友人が、本作を「ハッピーエンド」と主張して譲らなかったことが忘れられない。観る度に、名曲「Brazil」が頭の中をリフレインし、なぜか涙が出ていることに気づく。
1985年に上映された元モンティパイソンのテリーギリアムが「バンデットQ]の次に放ったのが本作「未来世紀
ブラジル」だった。アメリカではエンディングをハッピーエンドに修正しろと圧力をかけられ、やむなく米国ではハッピーエンディングバージョンで上映され、英国上映版とは違った終わり方をしているらしい。 本CDでは、この映画で何度も登場する名曲「BRAZIL」の様々なバージョンのメロディーが何度も登場するが、僕はエンディングでサムが手術を受けた後に流れる
サンババージョンの「BRAZIL」が大好きで、この曲を聞きたくてこのCDを購入したようなものだ。スコアは元ピンクフ
ロイドのロジャーウオータースとの仕事をこなしたマイケルケイマンが担当し、近未来の憂鬱な状況や氷のような冷たいメロディーを奏でている。1曲だけケイトブッシュがボーカルを担当している。
世界文学でよく知られている
ドイツ語圏の作家、シュテファン・ツヴァイクの作品。この、
ブラジルを称えた「名作」を日本語で読めるのは素晴らしい。原典は、
ポルトガル語や
フランス語など、複数の言語に翻訳されているので、この日本語訳を、どの言語からおこなったのか、少し気になるけど、そんなことはどうでもいい。
日本軍によるシンガポール陥落を悲観して、
ブラジルで自殺したという、ナチス
ドイツも軍国日本も共に否定したユダヤ人としてのツヴァイクの人生には、日本人としてややひるむが、別に、本の中で日本人を批判しているのではない。
ブラジルが好きな一人の日本人読者として、やはり、
ブラジルにとって外国人であるツヴァイクの語りは実に面白い。
「この荒廃した世界の中で、新しい未来への希望が新しい地域で見ることができるならば、。。。広く知らせるのが我々の責務である。それゆえ、わたしはこの本を書いた」そうである。日本語訳も丁寧だ。ツヴァイクの「責務」を実感できること請け合いである。
(2012.9.21追記)
2012年12月に北米クライテリオン社より
『未来世紀
ブラジル』コレクターズBDが発売されることが決定したので、
現在手に入る本作のBD/DVDソフトの違いについて記しておきます。
国内盤DVD(ジェネオン)
本編:143分インターナショナル版(日本劇場公開版)
音声:
英語リニアPCM 2.0ch
特典:メイキング”What is Brazil?”、予告編
国内盤BD(フォックス)
本編:144分ディレクターズ・カット版
音声:
英語DTS-HDMA 2.0ch、日本語DTSステレオ(TV放送版、カット有)
特典:メイキング”What is Brazil?”、予告編
北米盤BD(ユニバーサル)
本編:132分US劇場公開版
音声:
英語DTS-HDMA 5.1ch
特典:なし
北米盤(クライテリオン)
本編:142分ディレクターズ・カット版(国内盤BDと同内容。ギリアム監修の修復マスター使用)
音声:
英語DTS-HDMA 2.0ch
特典:94分ハッピーエンド版本編、テリー・ギリアム監督による本編コメンタリー、
メイキング”What is Brazil?”、ドキュメンタリー”Battle of Brazil”、
脚本についてのドキュメンタリー、ギリアムによるストーリーボード、
ドキュメンタリー集:プロダクション・デザインと特殊効果について/
衣裳について/音楽について、予告編、解説書
(以下、オリジナルのレビュー)
本作には大まかに言って、
ヨーロッパおよび日本で劇場公開された144分版と、
米ユニバーサル社のM・シャインバーグが結末などに改変を施した94分の
「最後に愛は勝つ(Love Conquers All)」バージョン、
そしてアメリカ公開用にギリアム監督が再編集を行った132分のUS公開版の
3つのバージョンが存在します。
このブルーレイに収録されているのは、基本的には144分版をもとにし、
オープニングのみギリアム自身が「オリジナルよりも良い」と認めているUS公開版のもの
(元は黒地にテロップなのに対し、雲の上を飛ぶ映像が入る)に差し替えたバージョンです。
北米クライテリオン社のDVDでは、この版をファイナル・カットとして収録しています。
一方、現在北米ユニバーサルから発売されているBDに収録されているのは
132分のUS公開版であり、特典も皆無。
それに比べれば、完全版の本編に加えて30分のメイキング”What is Brazil?”と予告編
(国内盤2枚組DVDに収録されていたものと同内容)
も収めた国内盤は、良心的なリリースであると言っていいと思います。
クライテリオンの3枚組DVD-BOXに収録されていたさらなる特典
(「バトル・オブ・
ブラジル」ドキュメンタリーなど)や94分バージョン
も収めてくれていればさらに完璧でしたが、
それはクライテリオンからのBDリリースを待つしかないでしょう。
基本的に、国内盤の仕様は合格点だと思います。
さらに他のバージョンも観てみたいという方は、USユニバーサル盤を取り寄せるか、
クライテリオンからのリリースを待つのもいいのではないでしょうか。