本書は
カナダ放送協会がつくった「人間と音楽」という8回シリーズの番組をもとに拡大加筆したもので、世界的ヴァイオリニストのイェフディ・メニューヒン(ユーディ・メニューインという表記の方が一般的か?)と番組の制作監督のカーティス・デイヴィスの共著によるものである。ジャンルとしては西洋音楽史になるのだろうが、
タイトルの通り、技術史・作曲技法史としての西洋音楽史におさまることなく、「音楽の起源は言語より古く、根拠は歌う場合は肺と声帯だけで十分だが言葉は口と舌を活動に加えなければならない」「自然倍音列や5度圏」などの科学の話や「紀元1000年近辺のキリスト再臨や永劫の炎を恐れる雰囲気」「ハプスブルク家の家訓の一つは『竪琴は剣より強し』」というような時代精神の話など、大変興味深い話を援用しながら「音楽とは何か、なぜ人間は音楽を作り出したのか、音楽の目的は何か」を文化史的な事実とメニューヒンの個人的な体験を通して力強く生き生きと語ったものといえる。おかげで客観性を装って無味乾燥なものになることなく、主観丸出しでバランスは怪しいながらも興味深い本が出来上がっている。
語り手の存在を隠さない面白い西洋音楽史の本としては、岡田暁生の「西洋音楽史」(中公新書)が思い出されるが、彼の本は「西洋芸術音楽」の歴史であると初めに明言し、音楽の起源やポピュラー音楽に関しては意図的にほとんど触れていないのに対し、本書は音楽の起源やインド・中国・アフリカなどの民族音楽にもそれなり以上に触れており、「人間と音楽」という
タイトルを裏切らないものとなっている。本が厚い分、岡田が紙幅の関係であきらめたであろうトピックも多大に盛り込まれていると思う。
問題があるとすると、テレビ番組ではないので映像も音声もなく、そのためけっこう読み進めるために予備知識が必要になりそうであるということで、西洋音楽史の初心者が最初に読むには難易度が高いのではないかと言う点。岡田暁生の西洋音楽史を読み、それなりに理解して面白いと思えた人は読めると思う。30年ほど前の本であり、中古でアマゾンで購入したが、価格分以上の価値はあったと思う。
メニューインが1951年に来日したときに遺した録音を収めたCD。CDのライナー・ノーツによると、当時の日本は15年近く来日演奏家が途絶えていて、音楽に枯渇していた状況だったらしい。だから、メニューインの来日は一大事件で、小林秀雄の「あなたに感謝する」という感想が新聞に載ったりするほどだったようだ。
この時期のメニューインの演奏に関しては賛否両論があるが、少なくともこの録音に関しては非常に素晴しい演奏だとおもう。指摘されることが多い技術的な問題点はどこにも見当たらず、むしろ技術的な難所をごまかしなく見事に弾き切っているし、歌うべき所で朗々とビブラートを響かせている。ときどき聞こえるポルタメントはやや古めかしいが、それは現代から見た場合の話で、当時の他の演奏家の録音から聞こえるポルタメントと比べて格別時代がかっているとも思わない。
戦後日本の音楽がメニューインから始まったことは、日本にとって幸いだった。
80年代の大学生時代にグレン・グールドを知り、当時、カセットテープでゴールドベルグ変奏曲を何度となく聴いた。初めてゴールドベルグ変奏曲を聴いたので、それが他の演奏家と異なる演奏であることは分からなかったが、聴くほどに親しみを感じた。本DVDでも一部垣間見えるが、演奏が記憶とピッタリ重なった。
グールドほど賛否両論で異端児扱いされたピアニストはいないのかもしれない。だからこそ他ピアニストについては見かけないような、本DVDが作られたのだろう。
猫背でぶらさがるような姿勢で高い位置のピアノに向かう演奏写真しか見たことはなかったが、本DVDでグールドの演奏映像を観た。圧巻だ。ピアノに、ミュージックに完全にコネクトしている。素晴らしい。他DVDで彼の演奏映像をもっと見たいと思った。