スティーヴと言えば、そのデビューは60年代のはずだ。二枚目の天才ボーカリストとして、伸びやかで優しいボーカルや鍵盤楽器などを担当していた。60年代はスペンサー・ディヴィス・グループ、70年代はトラフィック、80年代はソロとして活躍(超概略)。ガレージっぽいロックからサイケデリックを経て、トラディショナルも踏んだし、
ジャズとも接近した。80年代からはどちらかと言うとコマーシャルな音楽をやるようになりチャートもにぎわせた。しかし90年代にはトラフィック再結成があったものの、印象が薄くなっていった感がある。
それがどうしたことか、21世紀に入り自身のレーベルからフと発表したかのような『About Time』は驚くほどアーティスティックなアルバムだ。やや南国を思わせるウォームなサウンドに伸びやかで優しいボーカルが乗りまくっている。彼の優しいボーカルには暖かいサウンドが合うのだなと思った。
個人的には売れるサウンドに良さが理解できず、売れないサウンドに悪さが見出せないことがしばしばある。例えば彼の大ヒットアルバムである『Back In The High Life』はよく計算されたサウンドにも感じるが、何か退屈で余り好きになれなかった。その点このアルバムはスティーブが自分の感性を信じて、そして重々練りこんだ上で、やりたいことをやった作品のように感じる。
ジャケットも作品にあっているし、作品に対する思いが感じられる。
音は大変きれいで、隙が無く余裕が感じられる。その点、ウォームな音調と相まって若干ゴージャスすぎるように感じるところもあるが、彼とて酸いも甘いも経験し今の地位を手にした大ベテランであろうし、その余裕にも理解を感じることが出来る。貧乏な若者なら、まず『Dear Mr.Fantsy』を聴くべきと思うが、彼と共に年を取ってきた壮年には特に味わい深いのではなかろうか。これは彼のキャリアの中でも上質の作品だと思う。
そして先にも書いたように、サイケや
ジャズやポップスなど様々な音楽スタイルを模索してきた旅人が、ここに来て南国調のボサっぽい音に足を突っ込んでいることも注目点だろう。もういくつになるのだろう。まだまだ音楽に対する欲求は治まっていないということだ。声もぜんぜん変わらず若々しい。大ベテランのスティーブが出したこのアルバムが、いまさら社会的に(他国である日本ではなおさら)大きな話題になることはあまり無いであろうことは結構残念に思う。