本書では、株主重視経営が次の2つの意味で相対化されている。1つは、「出資者による所有」という法令上の規定がある中でも、所有権の会社への権能は必ずしも絶対的なものではないこと。その意味で、著者による「誰のための会社にするか」という問立ては、1つの見識である。2つ目は、国際比較により、「出資者による所有」というあり方も、アングロ・サクソン資本主義の特徴であるに過ぎないことを示している。
その上で、M&A促進政策やコーポレート・ガバナンス変革に対する批判的視座として、株価が合理的な指標とならないこと等の4つの視点が提示されるが、これらの課題を解決するための方向性として、企業開示の充実や競争促進政策には向かわず、ガバナンスにおけるステークホルダー民主主義のような政治的過程の構築に向かう。しかしながら、このような向きは、適者生存の原則に支配される市場経済の中で、生き残る制度となり得るのかという疑問があるとともに、仮に、このような政治的過程の構築に成功したとしても、そこでの決定の指針となるのは、引き続き経済学的な原理であると想像する。
「日本経済の競争力ばかりでなく、日本社会の行方も考えてください」と訴える賢人の見識に引き続き耳を傾けるべき価値があることは認めるが、若干頭の固いところがある点は割り引いて受け入れる必要があろう。
フランスのエスプリを感じさせる逸品。作りもしっかりとしたもので大切に履きたいと思う。