ピクシーことストイコビッチが、どれほどスゴいサッカー選手だったか?
私を含め、運良く彼のプレーをリアルタイムで堪能することが出来た者にとって
いまさら説明する必要はないだろう。
サッカーに詳しくない人でも、彼のプレーを一目見れば
「明らかに他と違う」ことは一目瞭然だった。
(もしピクシーのプレーを見たことがないのなら、本よりもDVDがお勧め)
「オシムの言葉」で、一気に注目を浴びたこの作家も、
ピクシーの超人技に驚いたサッカー素人の一人。
ピクシーのプレーから受けた衝撃をきっかけにして、
まだ危険の残る旧ユーゴスラビアへの丹念な取材を行い、
いまでは旧ユーゴサッカーの
エキスパートである。
この本は、そんな木村元彦氏の実質的なデビュー作。
「その選手がいかに素晴らしいか」と言うことをこれでもかと訴える点において、
他の同類の本と一緒にされるかもしれない。
しかしながら、あきらかに同種の本には書かれていない感動がある。
その感動のきっかけは、残念ながらあまりにも酷な悲劇の数々だ。
祖国の崩壊、昨日までは友人だった民族間の対立・憎しみ、
理不尽な国際社会からの制裁、度重なる不運な怪我、
偏見から来る審判の不公平なジャッジ etc
しかし彼は負けない。
当初単なる気分転換での短期滞在のつもりでやって来た日本で、
超人的なプレーで我々の度肝を抜き続ける。
すっかり日本に馴染み、「真剣に日本人への帰化を考えた」ほどらしい。
選手としての凄さだけでなく、彼を知る誰もが尊敬することを止まない
人望と行動力の持ち主でもある。
ピクシーのような選手が日本で長期に渡ってプレーしたことは、
我々日本人のとっては、信じられないほどの幸運だと思う。
しかしそのきっかけは、彼にとってはこれ以上ない悲劇だった。
それを教えてくれるこの本から得られるのは、
何とも言えない複雑な「感動」なのである。
1999年3月27日、
神戸ユニバーシアード記念競技場。
ストイコビッチのアシストで名古屋グランパスが得点。
ストイコビッチはユニフォームをたくし上げて咆哮した。
Tシャツには、「NATO STOP STRIKES」が浮かんでいた。
日頃、「スポーツと政治は別だから」と語っていた彼が、、、
ストイコビッチたち、セルビアのJリーガー達は、国際情勢を非常にしっかり
認識している。セルビアの大本営発表だけを信じているわけでは決してない。
西側先進国の情報もちゃんと入手している。インターネットの情報、現地への
電話連絡等々、しかも、彼等はミロシェビッチを支持していない。
彼らの情熱には感心した。
しかも、私は知らなかったのだが、ユーゴ空爆直前、セルビア側は譲歩しよう
としていた。空爆回避のために合意文書に調印する予定だった。そこで、アメリ
カは、アネックスBという付属文書を提出し、交渉を決裂させた。
その内容は、「コソボのみならず、ユーゴ全域でNATO軍が展開・訓練がで
き、なおかつ治外法権を認めよ」というものだった。
NATO軍への課税や犯罪訴追をも免除しろというこの条項は、ユーゴの占領
地化を意味するもので、こんな条件を飲めるはずがない。
そういうことまで、彼等はちゃんと把握していたとは驚きでした。
私はそんな情報は知りませんでしたし、私の読んだ5、6冊の本にも書かれて
いませんでした。
NATOの空爆は、コソボのアルバニア系住民を保護するためだという。
しかし、難民を受け入れているモンテネグロまで空爆した。
コソボでセルビア民兵による虐殺が起きたのは空爆開始後のことだ。
虐殺を止める為の空爆というのはまやかしだ。
コソボのアルバニア系住民地区に、劣化ウラン弾を大量に打ち込んだ。
その後、劣化ウラン弾を除去することは一切やっていない。
コソボのアルバニア系住民の生命を守る為ではなかったのか?
空爆後にコソボで殺されたセルビア人の数は、空爆中のアルバニア人の死者の
数を既に超えている。KFOR(コソボ平和維持軍)がいるにもかかわらずに。
そして、コソボ情勢は沈静化したそうである、、、
現在、コソボでは、
ベトナム戦争時のダナン基地に匹敵する巨大な軍事基地が
建設されている。
「アメリカが何が何でも空爆したかったのは、世界制覇の戦略構築のためだっ
たのではないか」と。
パンチェボのバルカン最大規模の化学コンビナートが空爆された。同行した
慶応大学の藤田教授は、「世界最大規模の環境破壊だ」と指摘した。
旧ユーゴのサッカーをずっと見てきた人は、90年代以降の政治社会の動きを本当に深く考えることができたと思う。そして国連など国際社会による制裁が続いていた時期、日本は旧ユーゴスラヴィアのサッカーにとって、飛び地になっていたというか、遠いサンクチュ
アリになっていたというか、ヨーロッパで行き場を失った選手や監督たちの生活の場にもなったんじゃないだろうか。それは日本サッカーにとって将来、かけがえのない財産になると思う。
この本はユーゴがあまりにも悪者扱いされていることにプロテストしている本だ。例えば
クロアチア独立のきっかけとなったともいわれるディナモ・ザクレブvsレッドスターのマクシミル・スタジアムでの出来事。日本でも流されたVTRでは、ボバンがピッチに降り立った
クロアチアのサポーターを追いかけ回すセルビア人警官に対し、彼らを守るために跳び蹴りをくらわせた、という物語になっているが、実は違う。この試合の3日前に行われた選挙で独立派のツジマン大統領の率いるHDZが大勝、そのままのいきおいでセルビア人の象徴ともいえるレッドスターをホームに迎え撃つ
クロアチア側が、相手サポーターに対して投石などで攻撃し、たまらずレッドスターのサポたちがピッチに逃げたところを、追いかけ回し、警察はそれを止めに入ったのだ、と。当時ベオグラードにいた、大羽圭介・
クロアチア大使は「セルビアの外交下手を象徴するような事件」としているが、まさにそんな見方もできるのだろう(p.25)。大羽さんは別のところで「マクシミル暴動を独立の1里塚と賛美する限り、
クロアチアの民主化は遠い」とまで書いてるが、日本外交官の言葉としては思い切ったものだと思う。