大萩ファンなら絶対に聴きたいアルバム。今まで発表されたもののほかに、改めて演奏されたもの、さらに新しい曲を加えて豊富な内容。現時点の全力をこめた一枚といえる。アーティスト自身による曲の解説にもアート性とメッセージが感じられる。
大萩康司を聴いたことのない方、クラシックギターを聞いたことのない方にもぜひ一度きいていただきたい。きっと、世界にはこんなに美しいものがまだあるのだと思われるかもしれない。
アストル・ピアソラのバンドネオンによる音楽とは全く別の音楽のように聴こえました。
どちらかと言えば、ギターともう一つの楽器による現代ギター曲集という様相でしょうか。特に
フルートとのアンサンブルでそれを感じました。
それが悪いという評価ではなくて、大萩康司の心象風景のようなギター演奏(バンドネオンや
フルート、ギターの伴奏はあるにせよ)を堪能できるアルバムとして捉えたほうが良いでしょう。ピアソラが生み出した曲を、ギターによって自分の音楽として演奏した作品集ということです。勿論、多彩なギター表現を随所に盛り込み、ピアソラの音楽を自分のものにしようという意気込みは随所に感じました。
ギターのテクニックは素晴らしく、早いパッセージもものともせず、複雑な和音も難なく弾きこなす技量には感服しました。コンクール受賞歴や多くの既発のアルバムの評価でもそうですが、大萩康司が素晴らしいギター奏者であることには間違いありませんので。
『ブエノスアイレスの四季 Las Estaciones Porte'as』のオリジナル演奏、例えば14曲目の「ブエノスアイレスの冬Invierno Porte'o」などを比較して聴くとその音楽性の違いが如実に分かると思います。アストル・ピアソラによる熱情溢れる音楽が縦横無人に奏でられるのとは、別次元とも言える詩情豊かな風景が広がっていました。冒頭の雰囲気からしてこれほど違う音楽も珍しいとは思いますが、大萩が自分の音楽として確立している証拠とみれば、全く違う評価になると思います。
ピアソラを聴きたければ、ピアソラの音楽を入手すべきだというです。でないとこんなはずではないというミスマッチを起こしかねないほど曲想の違いは顕著でした。
蛇腹によって音のつながりとうねりを強調するバンドネオンの特質と、減衰するギターの響きの違いもあるでしょうが、それほどピアソラのバンドネオン演奏は特別な存在だと言うことです。
ギター・デュオという編成という均質な音質を重ねることの限界もあるでしょう。オリジナルの激しいダイナミック・レンジを伴う強烈なインパクトを本アルバムで期待されるとそれは違う、という評価になってしまいます。
メロディーも和音も構成も同じなのですが、目指す音楽が違うからこそ、世に問う必要があるのかもしれません。
勿論、冒頭の有名な「リベルタンゴ Libertango」は、大萩康司のギターと北村聡のバンドネオンによる演奏ですから、違和感は少ないでしょう。ただ、熱情の
アルゼンチン・タンゴではなく、内に秘めた情熱の発露という感じでしょうか。
少し辛口になりましたが、全編の曲を通して聴いた印象は心地よく、癒しの要素もふんだんに感じられる音楽群でした。