2007年9月11日リリース。アンジェラ・ヒューイットのhyperion最初の『旧約聖書』である。アンジェラ・ヒューイット(Angela Hewitt1958年7月26日 - )は、あのマルカンドレ・アムランと同じく、
カナダ出身のピアニストである。1994年からハイペリオン・レーベルと契約し、現在までものすごい勢いでアルバムをリリースしている。トロント国際バッハ・ピアノ・コンクールにおいて優勝しているので、特に『バッハ』に対するこだわりは人一倍なのを感じる。
そして、ピアノが
イタリア製ファツィオリ(FAZIOLI)である。このピアノは、アムランも『Godowsky;Original Works & Tran』で使用している。ピアノ好きな方はご存じだと思うが、ファツィオリは1981年創業の
イタリアのピアノ・メーカーで世界で最も高額なピアノを創っていることで知られている。現在日本で確認できるピアノ台数はわずか6台。独立
アリコート方式、「第4ペダル」など特殊な設計でも知られている会社だ。アムランはこのピアノを
カナダのファツィオリ・インターナショナルから貸与された、と『Godowsky;Original Works & Tran』のライナーには書いてある。このピアノはアルド・チッコリーニが使用していることで知られているが、確かにここでのアムランの音色はチッコリーニと似ていた。
アンジェラ・ヒューイットは、ファツィオリを自宅の他、ツアーに運んで使用していて、この『平均律クラヴィーア曲集』全曲演奏ツアーでは、水入りのコップを6個、ピアノ脇に置いて演奏し、途中にその水を飲みながら進める独特の演奏スタイルとなっている。
私信ではバッハ弾きは絶対に性格が『陽性』であらねばならないと思っている。グレン・グールドがこの曲をハミングしながら弾くのを聴きなれた耳には、陽性のグルーヴ感のない平均律など聴く気にはならないというのが正直なところだ。その点、ヒューイットは
ジャケットを見てもらえば分かるが合格である。
ファツィオリの独特な優しい音が紡ぐ平均律は、いつまでもいつまでも浸っていたい暖かな波のようだ。すばらしいアルバムだと思う。
この人はピアノも
イタリア製のFazioliしか弾かないとか。拘りを持った女性ですが、女性Bach奏者では、Bachをもっとも理解していると思います。これも上長からの受け売りですが。
15枚組のバッハ作品集に、
ボーナスで1枚、バッハ以外の演奏のサンプルがついている。二度録音した平均律は、新しいファツィオリの方が収録されている。
これを買うまで、私が聴いたヒューイットのバッハは、古い方の平均律第1巻だけだった。新しい方を聴いて驚愕したのだが、旧盤と比べるとはるかにやりたい放題の演奏である。唐突にルバートがかかったり、リズムが跳ねたり、特定の旋律が強調されたり、非常に不安定である。演奏者がこの上なく強い確信を持って弾いていることはわかるのだが、聴き手にそれを共有させるだけの説得力に乏しく、これにはとてもついていけないと感じる人が多いだろう。
他の作品も聴いてみると、おおむね上記のスタイルで通しているようである。ただ、パルティータやイギリス組曲のような舞曲系の作品では、この弾き方でもそれほどの違和感はなく、それなりの説得力が感じられる。要するに、かつては舞曲系の作品では自由自在に、平均律のような厳格な作品では節度をもって真面目に、と演奏スタイルを分けていたのを、最近になって前者に統一したということではないかと思う。そこが賛否の分かれるところであろう。
ヒューイットは、もはやバッハにかけては大家と言ってよいが、上述の理由により、かなりエキセントリックな人という印象は残る。