瀬戸内晴美さんが忘れ去られた大正期の作家、田村俊子を追跡した伝記。
初めて読んだのは中学生のころでしたか、
非常に読みやすく、俊子の生き様に感動し、大正時代に興味を持った。
なんせ、居ながらにして大正時代を満喫させてくれたのである。
田舎から上京してきた女学生のファン(鶴さん)が恋の逃避行で
海外に愛する男性を追いかけていく俊子を、寮を抜け出してきてまで
横浜に見送りに来る。
こんなドラマチックな出来事も事実なのだ。
20世紀の初めに女流作家を目指し、
夫との軋轢の間に生まれた懸賞小説が入選し、時代の寵児となった俊子。
そして挫折と不義の上の海外への逃避行。
第二の夫の死後の日本の帰国、そしてトラブル続きの後に
上海に渡り客死する。
この本が執筆されていたころ、
俊子の友人の湯浅芳子さんと山原鶴さんを初めとした関係者が存命していて、
彼女たちの証言によって俊子の忘れ去られていた過去が浮かび上がっていく。
知人によって知った俊子の存在、男の死によって昭和に帰国して後に
上海に渡った経緯、
愛する男を追ってバンクーバーに渡る顛末、彼女の男、鈴木悦の消息、
最初の夫との結婚生活と人気絶頂の作家生活、その没落、彼女の両親と死んだ妹の話――。
過去をさかのぼっていくように、俊子の人生が語られる。
後の瀬戸内さんの伝記小説のように脚色されたものではなく、ドキュメントに近い。
―その小説形態だからこそ、事実のみが浮かび上がり、俊子の人生が身に迫ってくる。
俊子の書いた小説は現実社会と女性の“性”とのせめぎあいのドラマだった。
その早すぎた作風と当時の世には興味本位でしか受け入れられなかった孤独。
才能の枯渇の恐怖と居場所のないエトランゼのような身の上。
不思議なことに俊子に親しく縁のあった女性は、独身を貫いている方が多い。
瀬戸内さんも俊子の伝記を書いた後は独身を貫いた。
俊子に憧れ、俊子を通じて大正時代や青鞜に興味を持った私の人生も似たようなもんである。
これって俊子のかけたマジックなのだろうか?
瀬戸内晴美さんの書いた小説では一番読みやすいし、
ねちっこいセクシャルな部分はないが故に、素直に感動できる。お勧めの本です。
今では忘れさられた大正初期の作家田村俊子の短編集です。
収録作品は「あきらめ」「女作家」「誓言」「木乃伊の口
紅」「春の暁」「栄華」。
俊子の書く女性はどの作品を読んでも頭にはっきりとしたディティールで浮んでくる。
そして描かれる女性は母でもなく妻でもなく「女」なのである。
この女性像は俊子自身終生独身(戸籍上では)で
「一つの場所にとどまって生きていた女ではない」からだろうか?
彼女にかかわった夫と呼べる男が二人いるのだが
二人とも彼女の生き方を最終的に定めた存在には思えない。
最終的には彼女が捨て、彼女を捨てた男だから。
状況に流されっぱなしだが「どうとでもなれ」といった女性像は
彼女の生き方と同じものかもしれない。
「あきらめ」は女性版「三四郎」(夏目漱石作)といった内容で
もっともっと世間に知ってもらいたい一作。
是非再版して欲しい。