細部まで練り込まれたプロット。「構成美」という言葉がこれほど相応しい小説を、他に読んだことがありません。読みやすさと簡潔さを合わせ持った稀有な文章にも感動しました。純粋にミステリ小説の知的興奮を楽しめます。
北村薫、有栖川有栖、山口雅也ら人気作家三人による、巻末のミステリ談義もまた楽しい。鮎川哲也氏と推理小説への愛を感じます。
1959年(昭和34年)発表の鮎川哲也の第四長編。第13回日本
探偵作家クラブ賞(1960年度)を『黒い白鳥』と併せて授賞した初期の傑作。
山前譲氏の書誌データも詳細な解説を付した新版。(本書には旧版の山口雅也氏の解説は収録されていない。注意されたい)
佐野洋『一本の鉛』や結城昌治『ひげのある男たち』という名だたる作品を抑えて栄冠を得たに相応しく、大掛かりで斬新な
アリバイトリックが惜しみなく(それぞれ単独で長編を支えるに足る出来である)、複数使われる贅沢さに目を見張り、複雑で錯綜したプロット展開に読者は翻弄される。
やや偶然性が多様されている点で完成度は『黒いトランク』(1956年)や『人それを情死と呼ぶ』(1961年)といった代表作には譲るが、長い不遇の時代を抜け出した鮎川哲也の本格ミステリに寄せる一途な情熱(それを乱歩は[鬼]と表現した)と天才的トリックメイカーぶりが堪能できる。
題名に込められた寓意もなかなか味わい深い。
北村薫が編纂した鮎川哲也の短編集第2段です。代表作『赤い密室』が収録されている一方で、本格推理ではないファンタジックな作品『地虫』『絵のない絵本』も収録されており、本格の驍将と呼ばれた彼の意外な多面性をかいま見せてくれます。なんとなく、こういうナンセンスなものを解する人にのみ、初めて論理的な本格推理が書けるような気もします。
まるで本格推理の見本集のような本作を読んでいて気づくのは、鮎川が“トリックは犯人にとってきちんとメリットのあるものでなければならない”という規則を自分に課して書いていることです。推理小説は所詮読者の為のものであって犯罪者のものではないから、面白いけれども、冷静に考えるとそんなことやっても別に犯人にメリットはないと思えるようなトリックが結構多いです。しかし、鮎川は丹念に犯人にとってのメリットと、真相が発覚した時の読者の驚愕というものを見事に両立させるよう、骨を折っていることがよくわかります。