「当時のピアノの復元楽器を使って、楽譜の指示通りにこの楽章を弾いてみると、和音の濁りが微妙に変化し、不思議な音響効果が生まれました。ベートーヴェンのペダルに関する奇妙な指示を難聴のせいにする人もいますが、逆に耳が聞こえにくいからこそ、楽器の響きや倍音に敏感だったのかもしれないと思います。後期になればなるほど、精密になっていくペダル指示は、響きへのあくなき探求を物語っています」。
ベートーヴェンがのこした32のピアノソナタのうち8曲と「エリーゼのために」を取り上げ、それぞれの曲が作られた背景と共に、鮮やかにポイントを色分けした譜面の分析とCD演奏を照らし合わせながら作品の解説を行っている本。複数の執筆者で分担して書かれている。オールカラー。写真やイラストが多く含まれている。
スコアの解説はかなりわかりやすい。一方、CDは美人ピアニスト仲道郁代の全集からのもの。演奏は見事なのだが、残念ながら全て楽章ごとの抜き出しであるため楽曲解説の範囲が部分的にしかカバーされていない。結局他の奏者の全曲集を代わりに使った。
「ベートーヴェンは私にとって、音楽という広い宇宙の核」と言う仲道郁代が、当時のピアノのレプリカを使った演奏体験やピアニストの視点からのコメントを述べている部分も有意義だった。冒頭の引用はその一部。ベートーヴェンが作曲で使用したピアノは主に以下の4種類と考えられ写真付きで紹介されている。時代とともに広がったオクターブやダンパー・ペダルなどの構造の違いがこの作曲家の仕事に与えた影響についても言及されている。
・シュタイン、ヴァルター(5オクターブ)
・エラール(5オクターブ半)
・ブロードウッド(6オクターブ)
・シュトライヒャー、グラフ(6オクターブ半)
後半ではこの巨匠の人生を紹介している。この部分は比較的月並みな内容ではあるけれど、いろいろな人物の肖像画写真や当時の資料がたくさん載っている点が良かった。
私は音楽の全ジャンルを偏見無く楽しんでいるつもりの人間です。クラシック批評で知ったかぶりをするつもりはありません。
そんな私の今までの
ベートーベン作品の演奏鑑賞印象は、作品のすばらしさや感動は伝わるが、イメージとしてはモノクロームの世界という感じを受けていました。それは
ベートーベンの曲調の宿命であり、彼の周りのその時代の鏡でもあるのだろうと思っていました。
ヤルヴィ(パーヴォ),
ドイツ・カンマーフィル 仲道郁代 この組み合わせによるこの演奏は、私にとって
ベートーベン作品に初めて色彩を感じた演奏でした。それも根本的には今まで他の演奏で感じていた作品の良さをそのまま保ちながらだったので驚きました。
SACDによる録音のすばらしさもあるかと思いますが、身近に実感できるピアノ演奏と、明瞭で息の合ったオーケストラ演奏の音の再現性が、「べートーベンが本当に示したかった表現はこうなんですよ。」と説得されたようで、私は心地よさの中で素直に納得できた気がした。