![]() LIVE 1982-1984 |
音質の良さにまず驚かされます。
「No Side」に収録されなかったかっての名曲の数々、全44曲。 当時を知るファンには信じ難いCDとなっています(しかも定価で買えること自体が信じ難い) 名曲(金)(I Love You)(Dead Body) は「Outsider」よりも音質・クオリティーは極上 歌詞の細部まで聞分けられる程、DISC-1 M-18収録の(SHANGRI-LA)はLip Creamの1st収録バージョンと聴き比べてみるのも良し。 個人的には(DISC-1)がお勧め、演奏の迫力が圧倒的でチトセ嬢のVoが付いて行けない程です。 後追いのファンは勿論、当時を知るファンのとっても納得・満足の1枚となっています。 「No Side]以前のカセット音源のCD化を熱望します。 |
![]() EARTH SPIRIT |
これがヒーリングミュージックか、と思わせてくれる一品です。
とくにEARTH IN THE DARKはとてもよい曲です。 音的にあまり凝ったものが無いように感じましたが、そこはTOSHIの 歌声が生かされているように感じました。 |
![]() 鹿鳴館(ろくめいかん) |
非貫通式の手入れが面倒になったので、初めて貫通式のホールを購入しました。予想通り手入れが楽なのと
裏返さなくても水気が取り易いので長持ちしそうです。 レビュータイトルにも書いた様に、刺激が強めですが十分逝けます。むしろ気持ち良いです。 |
![]() ARIA アリス・キャロル まぁ社長付 (1/6スケールPVC塗装済み完成品) |
第4弾、アリスの登場です。これでメインの3人は出揃いましたね。
今までリリースされた他の3人と違って、アリスは「動き」があります。歩いてしかも振り返っていますね。原型作る時、なかなか難しいんじゃないでしょうか?可愛いく出来ていますよ。 それに、まぁ社長ww。こちらも中々の出来栄え。シリーズを集めている方は是非社長3人(3匹?)だけ並べてみましょう。大きさの違い(特にアリア社長の肥満ぶりww(失礼))が実感できます。 巨大なオールは立てて持っているので、灯里ほど変形の心配は無さそうです。 又、第2弾藍華から第6弾アテナの箱についているシルエットマーク(?で、良いのか?)計5枚送るともれなく、アリスのツインテールVerのヘッドが貰えるそうです。 これは、集めるしか!! |
![]() 暁英 贋説・鹿鳴館 |
「絶筆、無念。」と言う言葉が、帯に踊っています。
まさに、その言葉がぴたりと当てはまります。 それほどの作者の会心の作であり、未完になったことが惜しまれます。 もちろんミステリー作家としての作者の筆は冴えています。 各所に張り巡らされた伏線は、実に緻密でなるほどと唸らされます。 しかし、それ以上に感じ入ったのは、この作品が「明治維新」と言う「革命」の本質を見事に突いているからです。 六十余州の小国からなる地方分権国家たる江戸幕府の体制が、完全な中央集権国家となる産みの苦しみを、権力の「光と闇」と言う形で見事に活写しています。 その地方分権が究極まで突き進められていたからこそ、江戸時代は江戸城と言う狭い空間で政住一体の「小さな政府」が存在しえたと言う事実を、この本を読んで「目から鱗」として認識しました。 それからほぼ百五十年、地方分権が叫ばれるに至り、この本の意味は大きいと思います。 先人達が地方分権から中央集権に向かわせた努力を知ることにより、中央集権を見直し地方分権を図る上にも示唆する所は大きいのではと思います。 それにしても・・・です。 作者の構想からすると、三分の二まで書けたのでしょうか。 まだまだ謎が残り、しかも作者が書こうとした最大の謎が残ったままです。 全く、残念の一言です。 |
![]() 鹿鳴館 (新潮文庫) |
「鹿鳴館」について書こう。私の印象に残ったのは、園丁が庭に美しい花を咲かせえるのは、園丁の雇用者への憎しみの結晶である、という認識である。〈園丁〉を〈芸術家〉に、〈庭〉を〈作品〉に、〈雇用者〉を〈社会〉に置換することが可能ではないか。三島は醜い〈社会〉を覗き見続けた。醜さへの憎しみが彼に〈美しい花〉を〈作品〉に定着させえたのではないか。このように考ええるならば、三島と太宰との接点が見えてくる。
太宰は、どこかで、〈復讐の文学〉ということを言った。と私は記憶している。また、「富嶽百景」における富士と月見草との対峙は、捕捉しがたい〈世間(闇)〉と、〈芸術作品(光)〉との対峙の象徴ではないか。月見草は、「富嶽百景」において〈金剛力草〉と形容されていた。〈金剛〉から連想されるのは、作中にも登場する〈金剛石〉つまりは、ダイヤモンドである。ダイヤモンドは宝玉である。太宰は〈世間〉という闇を、自身が創造した文学という美しい宝玉(光)によって、照らし出そうとしたのではないか。それが、彼にとって醜い〈世間〉に対する〈復讐〉だったのではないか。太宰が映画を好んだのは、闇の中で繰り広げられる物語に、光(希望)を見出したからではないのか。闇は象徴的な一つの死であり、光は、生のエネルギーだ。「惜別」における「周さん」も闇の中で幻燈を見た。それが彼に文芸による民衆の精神革新を決意せしめる、最終要因となった事件だった。 太宰は蟹好きで、三島は蟹嫌いだった。ただし、三島は蟹の缶詰ならば好んで食したという。三島は太宰の文学が嫌いだと言ったそうである。それは、正確ではないのではないか。三島が嫌ったのは、太宰文学の表層(蟹で言えば、殻)であり、その本質(蟹で言えば、身)においては、大いに共感していたのではないか。なんてのは、私の根拠のないカンである。 |
えろ忍者by T-BACK JUNKIES@鹿鳴館
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