この宮崎アニメ、アンデルセンの『人魚姫』をモチーフにしたお子様向けファンタジーなどと思ったら大間違い。このアニメを見た後だと、さつきとメイが実は死んでいたという『となりのトトロ』の都市伝説が妙に真実味をおびてくるのだ。
公式サイトの解説などを読むにつけ、北欧神話ワルキューレ・ベースの<<輪廻転生の物語>といったもう一つの側面をはっきりと読み取れるのだ。ポニョの本名ブリュンヒルデは、戦死した兵士をヴァルハラに導く役目を授かったワルキューレの一人。
オーディン(神)の命に逆らってブリュンヒルデが眠らされたエピソードや、彼女の夫となるジークフリード(宗介?)が竜の血を浴びて無敵の戦士となるくだりなどが、本作品の物語の中に組み込まれているのは間違いないだろう。「今さら何でワルキューレなんだ?」という疑問については公式HPを見ていただくとして、この
ジブリ作品の裏テーマは具体的にどのようにして描かれているのだろう。
ポニョが起こした大津波に巻き込まれて、宗介の母親および老人ホームのお婆さんたちはあの世行きになってしまったようだ。放置された車椅子、抜け殻になったリサ・カー、冥界へと続く?不気味なトンネル、火の消えたロウソク、海底でなぜか歩けるようになっている婆さまたち・・・。死のメタファーがここまで登場するファンタジーというのを今まであまり見たことがない。
海なる母の胎内で、(死んでしまっている)リサとグランマンマーレはおそらくこんな会話をしていたのではないか。「宗介を一人(現世に)残してきてしまって大丈夫かしら」「平気。ポニョが宗介をここまで導いてくれますわ」行方不明となった母の捜索の途中で出会う人々が(不気味な古代海中生物がうようよしているにもかかわらず)まったく恐怖心を覚えていないのも、すでに死んでいる(もしくは死につつある)からかもしれない。
ポニョが入ったバケツを持って(宮崎のお母さんがモチーフになっているという)トキ婆さんのお腹へ宗介が頭から突っ込んでいくシーンをまとめ上げるのに、宮崎が相当悩んだという。海なる母の子宮(死んでしまった母の待つヴァルキリア)へ回帰しようとする宗介の姿を、どうしたらシンボリックに描けるのか。演出がなかなか決まらずチェーン・スモークする宮崎の姿が、NHKのドキュメンタリー番組で映し出されていた。
このアニメを作りながら「お迎えがくる日を指折り数えられる年齢になった。そしたらお袋と再会するんだよね」と周囲に洩らしていたという宮崎駿。夏目漱石が持病の胃潰瘍で生死の境をさまよっていた時代の小説『門』の主人公の名前(宗介)を借りて描いたこのアニメには、宮崎の死生観がはっきりと現れているのだ。
しかし、海から生まれ海に帰っていく生命の輪廻転生を伝えるために、まさか人類皆殺しにしてしまうとは。本当は怖い宮崎アニメの巻でした。