スラムで苛酷な日々を生き抜いた青年が「クイズ$ミリオネア」で全問正解することで、何かを手に入れられるのか、というこの物語は、演出の方向性によっては、見終えた後に「この貧困を何とかしなければならない」とかシリアスな印象を残しそうです。少なくともぼくは、この映画を見終えたとき、そんなことはこれっぽっちも思いませんでした。ダニー・ボイルも、ムンバイのスラムを真正面からストレートに、ときに目を反らしたくなるほど暴力的に描きながら、そんな印象を胸に、映画館を後にしてほしいとは思っていなかったような気がします。代わりにこの映画がくれたのは、たとえどん底のような境遇にあっても、人間は力強く生きていけるという、実に前向きで力強い印象でした。
ムンバイのスラムを舞台に、いま自分がいる場所やいまの自分自身をを否定し、一刻も早く「ここではないどこか」へ脱出することを夢想するのではなく、「いまここで」力強く生きることを描いたことがすばらしいと思います。
映像の迫力とスピードによって、あらゆるディテールはどんどん目の前を通り過ぎてゆき、常にエピソードの中心にいる主人公たちの輪郭だけが鮮明に縁取られていく、そんな映画です。このあたりはダニー・ボイルの面目躍如といった観があります。
この映画で主人公ジャマールに起こることは、ぶっちゃけ、荒唐無稽でありえない奇跡です。でも、奇跡がおこったっていいじゃん。ジャマール、良かったね、とエンドロールを観ながら心の底から拍手を贈りたくなりました。それは、この映画で、彼が奇跡に値する人生を生きてきた様を、丹念に描ききっていたからだと思います。
映画を通じて語られる少年期から現在までのジャマールの人生は、苛酷という言葉ではまったく足りないくらい、悲しみと痛みに覆いつくされています。しかし、ジャマールはへこたれることも、ひねくれることも、諦めることもなく、淡々と自分の芯を曲げることなく生きています。
こんな生き方をできることもまた奇跡ですし、この奇跡は彼自身が積みあげ、つくりだしたものです。
そして、この映画自体も、かなり奇跡的だと思います。おそらく映画以外にはできないやり方で、観る者を激しく揺さぶる、真の傑作のひとつです。
劇場でも勿論鑑賞。この監督の技量とセンスは素晴らしい。映画を愛する人というのが伝わってくる。年間数百という映画を製作している国、インドに敬意を払っているとも感じた。BDの音質が特に良い。エンド
タイトルは何回でも見てしまいました。この監督の次回作もかなり注目したい。