「精G」という50代の男を主人公に、認知症の出始めた母親のことを描いた漫画です。著者の実体験に基づいた(というかほぼ実体験そのものでしょう)ということでリアルなのですが、物語がナレーションで進行されるなど一歩引いた目線で描かれています。
痴呆の初期には被害妄想やせん妄など統合失調のような症状が出ますが、この作品の母親も「近所の○○さんが願を飛ばしてくるので足が痛い」といったいかにもな事を言います。訴えは時間と共に「近所の祈祷師に頼んで願を飛ばしてくる」「機械で飛ばしてくる」「機械に薬を入れるのできつい」とエスカレートしていきます。こういった支離滅裂な妄想を著者は生真面目にイラスト化し、時には噛み合ない部分を茶化したりして、一種ユーモラスに
仕上げています。
と書くと介護生活を明るく描くエッセイコミックに思えるかもしれませんが、やはりガロ系というのか、主人公である50歳男性の、というよりは人間の建前と本音全部取り出して腑分けにしたような生々さのある作品です(ちなみに第一話は、精Gが女医の言葉で連想した下品な妄想を交えながら病院で検診を受ける話です)。
全体的に、「漫画」というよりは「挿絵の多い活字エッセイ」に近い印象です。母親の事は客観視できるのに、ときどき著者自身の偏った価値観が顔を出してしまうのも壮年男性作家のエッセイぽいです。
妄想に取り憑かれた人間の記録というのはそれだけでも面白いのですが、「対象が肉親であるためにライターの個人的な内面が吐露されて物語が一層味わい深くなる」という構造は、ホロコーストを生き延びた父親を描いたコミック『MAUS』に似ているかもしれません。
普段漫画を読む読まないに関わらず、大人に勧めたい作品だなと思います。
薬師丸ひろ子さんが背伸びしてコーヒーをブラックで飲むかたわらで、大人の女を演じる
桃井かおりさんが砂糖を入れるシーンが印象的でした。
唐沢寿明さんが本の中で、オーディションの面接でいかにもやる気のなさそうだった野村宏伸さんに決まったというようなことを書かれていましたが、つかみどころのない雰囲気がピッタリの役ですね。
おやっ、日本の若い映画監督も様子が変わってきたのかな……
と数年前に思わせてくれた何本かの傑作のうちの一本です。
少し理屈っぽさが見える「ウルトラミラクルラブストーリー」よりも、私はこちら。
横浜聡子監督にはこの破天荒なパワーを失わないでほしいですが
これは初期衝動でしか作れない作品だという気も。