Laurie Garrettの大著です.エボラ,ラッサなど致死率の高いウイルス感染症は未だに発生をコントロールできないばかりでなく,自然界でのキャリアーすら分かっていません.加えて,最近では多剤耐性の結核菌やマラリア原虫など感染症のトピックには枚挙の暇がありません.著者に言わせれば,これらの現象は不安定な政治情勢,紛争,貧困などの社会的要因だけでなく自然破壊,環境変化も関連します.しかし,これらの問題点は何も目新しいことではありませんし,他の科学者や社会学者も指摘しています.Garrettの特筆すべき点は,視点をさらに拡大し微生物の環境にまで言及した点です.森林を伐採すれば自然環境は変化しますが,微生物の環境も変化します.何も前人未到の辺地へ足を踏み入れなくても,周りの自然環境を少し変化させるだけで,新たな感染症に出会う可能性があると具体的事例を挙げて警告しています.
地球温暖化で洪水が起こり,土砂が海へ流出したり,処理を施さない下水が海や湖へ流れ出るだけで,環境破壊だけでなく人類が今までに出会ったことのない(即ち免疫のない)病原体が出現する可能性があります.人類は食物連鎖の頂点に位置していると言う自惚れに,とんでもない思い違いだと警告を発しています.微生物は,積極的にお互いの遺伝情報を交換して進化しているという事実に戦慄を覚えます.自然を新たな視点から考えさせてくれる1冊です.
エボラ出血熱の取材でピューリッツァー賞を受賞した一流医療ジャーナリスト著者による、「感染症の辞典」とも言われる名著です。
大陸間の移動の容易さや自由な性行動といった人間文明の発展(?)に平行して威力を増している感染症…HIVやエボラ出血熱、ラッサなどに挑む科学者の努力の歴史と、政治、戦争、経済などそれを妨害する人的障害がクールに描かれます。
原著1994年とやや古い本になってしまいましたが、
地球温暖化対策で「持続可能社会」への道筋が模索される現在、資源配分、教育などのプライオリティをどう考え、資本主義の論理では解決できないこれらの課題を解いていくのか、内容の新鮮さは失われていません。
本当に分厚くて専門的で、素人が読破するのには時間がかかります。それでも、SARSとの戦いを取材した2003年の文章が追加されている『崩壊の予兆』ともども、人類にとってとても重要な警告を示しているドキュメンタリーだと思います。