この本の最大の特徴は、書いた本人がクラフトワークよりも下の世代であること。
通常、ビートルズではいわゆるアラ還世代が、リアルタイムのビートルズを得意気に
しゃべっているのを良く耳にする。曰く「俺は武道館で一緒の空気を吸った。それに
比べて若い世代はリアルに体験していないので云々」。じゃ、同時代じゃない奴は語
っちゃいけないのか?もしそうなら、
モーツァルトや
ベートーベンと同時代でないと、
語れないのか!演奏しちゃいかんのか!と突っ込みを入れたくなる。
この本が面白いのは、著者が、クラフトワークがすでに有名になってから、下り坂に
向かいつつある(一般的人気という点で)時代にファンになった者であること、ファ
ンになったクラフトワークの過去を丹念に調べる中で、その当時のヨーロッパに流れ
る市民の感情、
ドイツの戦後の歴史とその音楽の変遷、何故、突然1960年代後半から
前半にかけて
ドイツで彼らをはじめとする、ロックミュージックが生まれてきたかを
記述している点である(クラフトワークは当初ヨーロッパでは警戒された!!)。
当方にとって特に衝撃的だったのは、この本の下りの中に、ピート・タウンゼント
(フーのギタリスト)の発言の「生まれたときから、
ドイツはけしからん奴らだと教
わり、大人になるまで
ドイツのことは嫌いだった」に代表されるイギリスの
ドイツ観
が想像以上にキツイ物であったことや、逆に
ドイツでは、ナチス時代のことがまるで
なかったことのように、
ドイツ的な物は一切避けられ、アメリカのポップスをさらに
甘口にした物がチャートを席巻しており、いわゆるクラウトロックは実は
ドイツでは
傍流であったこと、である。
著者の筆致は、ファンであるクラフトワークをミーハー的に捕らえるのではなく、音
楽の歴史の一ページとして、彼らの音楽を位置づけ、さらにその音楽が、世界のどこ
に影響を与えているのか、同時代の音楽とどの点でベクトルが違うのかを丹念に探っ
ている。さすがにYMOに関しては、我ら日本人の方が情報を持っているので、所々、本
当かね?と首をひねる記載もあるが、他についてはおおむね納得できる物となっている。
著者が幸福なのは、必ずしもリアルタイム体験世代ではないものの、歴史家的な視点で
その後の音楽史を見ることが出来、鳥瞰的にクラフトワークを取り巻く音楽や風俗、
現代史を見ることが出来たことであろう。
「同時代の者でなければ歴史は語れない!」は全く不当で、この本は遅れてきた者であ
るからこそ書けた名著であると断言しよう。