追体験派にとって始めてみる中山ラビさんに深い感銘を受けました。全盛期の頃と変わらない歌声、ダイナミクスのあるコードストローク、無意識的に奏でる3フィンガー、曲間のMCに於ける聰明さ。時に幼くも見え、しかし一点たりとも女々しくなく、媚ることのない硬派なラビさんが最高に格好よく、最高に素敵です。音楽家を志す者にとって人生を捧げたくなる存在です。
1972年ごろだったか、シングル盤(エレックレコード EB-1013)で出ていた「ドウチュイムニイ」(元はこう表現されている)が忘れられないのでCDを探しました。しかし、無い! 沖縄の言葉で独り言を意味するドウチュイムニイを熱唱する佐渡山豊の声が忘れられません。沖縄の本土返還のとき、“日本語よりも新鮮な沖縄(うちなわ)ぐちを使おうよ”となしくずしに日本に同化することに対して「ノー!」をつきつけた佐渡山の意義は次第に大きくなると思います。沖縄語をまじえた歌詞は強烈! 当時、・・・ナカマヌチンカイヤ、アバアカトオル・・・覚えました。
子供の頃に初め聞いた少し変わった日本語。それが最初の印象でした。しかし、最後まで聞いて 歌う姿と、言葉の内容が今でも頭の中から消える事はありません。
フォーク世代にとって佐渡山豊は、何ともいいがたい存在であった。沖縄という背景がまだかなり重い時代であった点もあるかもしれない。しかし、そんなことは横において、ただ耳を傾ければよい。「変わりゆく時代の中で」皆と生き続けたいという肯定の意志、「さとうきび畑の唄」の家の隣のキガさん、「カルピス」のほろ甘い思い出の味・・・・・・、どれも懐かしく思い出されてくるのである。ある意味では、十代のあの頃よりも新鮮な気がするのだ。もちろん同時代を過ごした者にとって、という懐古的な点は否定できないが・・・・・・
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