表題作でもある『春は馬車に乗って』を「小川洋子の偏愛短篇箱」 で読んで以来気になっていた作家横光利一。 少し調べると彼は戦争に関するあれこれで戦後は不遇を囲ったらしい。 その情報を持ちつつ読むと、成る程本書収録の『厨房日記』以降の作品 は愛国主義的なものを感じずにはいられない。
この一冊を読むだけでも、彼が小説を書くことに対し飽くなき探究心を 持っていたんだな、というのが良く分かる。 『機械』なんかとてもあの美しい『春は馬車に乗ってと同じ作家の作品 だとは思えなかった。 私のように『春は馬車に乗って』を気に入り横光に興味を持った人間に は期待はずれの感もあるかもしれない本書だが、一人の作家の変遷を知 るのには面白い一冊だと思う。
横光という人は実に言葉が豊かで、かつ感覚が鋭敏で、構造的にも相当な巧者である。 正直、読んでいて痛々しい。ここまで敏感な人は生きにくいのではないかと思うほどである。 古語を駆使した「日輪」は、どこか北原白秋や折口信夫や芥川龍之介を想起させる。 他に「蠅」「春は馬車に乗って」「機械」などが有名だが、映画や新心理主義やサナトリウムなどの昔のキーワードが出てきて面白い。そういえば大江健三郎の初期短篇にもサナトリウムのようなものがあったなとか思い出す。 作者のその後の作品は読んだことないので詳しくはしらない。これだけ象徴を駆使する感覚と再構成的センスを備えているからには、長篇でも活躍できそうなものだが、ダメだったのだろうか。
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